Symphony on the radiO

カミソリのSSサイト。

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ついでにボツssです。


エンジェルハートという話で、日常にちょっくらライトノベルっぽい伝奇さを加えてみようと思ったネタです。
始めは選ばれた少年少女が天使に力を与えられて人間界では力を振るえない彼らの代理の、戦天使となって悪魔達と戦うという中二病丸出しの話でした。

ちなみにハルカくんは、父親の呪い(ってか遺言)で男として生きていかなくてはいけない宿命を背負った少女です。
これまではそんな悲しい宿世を逃れるため、心を閉ざして生活していたのですが、マコトくんに出会って心を開きかけている、というなんとも単純明快なストーリー。
勿論仲良くしているマコトくんとハルカさんをよく思わない幼馴染が偶然ハルカさんの秘密をしってしまい…なんていうシュラバにつなげようとしたんですが、見事に頓挫しましたね。見事に。




ぶわぁぁぁぁ―――――と。

暖かで、柔らかな風が頬を撫でてゆく。
その優しさに眠気を盗まれた俺は、ワイシャツの袖を捲くりながら伸びをした。
突き刺すような初夏の日差し、流れ行く白い雲。
青空の海を自由に泳ぎまわれたらどんなに楽しいだろうかと夢想して、俺はいつの間にか隣に出現した人影に驚愕した。
詰襟に引っ付いた校章の数字から察するに、俺と同じく2学年。
標準型の学生服を一部の乱れもなく着こなす様は、模範的生徒といった形。
全体的にほっそりとしていて、手足は蹴ったら折れそうなほど細い。
さらさらと風の残滓に遊んだ細い黒髪と、綺麗に揃った眉毛は性別を感じさせない。
くっきりとした二重瞼と、人形のように透き通る…きらきらと陽光に姿を変える金緑石のような猫目が印象的だった。

「………」

目が合う。
“そいつ”は俺が目覚めたことに気がつくと、手に持ったハードカバーから俺に視線を移した。
変声期など初めから体の設計図に存在してないような、高い声だった。

「おはよう」
「お、おはよう」

釣られて思わず挨拶をする。
ヤバい。
男だとわかってもどきりとする。
“そいつ”は黒縁のセルフレームを押し上げると、にっこりと微笑んでこう続けた。

「もう4時限目始まるけど、授業はいいのかい?」

あ―――――。
まぁいいか。はじめから蒸けるつもりで屋上までやってきたのだ。
幸い現代文の単位は足りているし、わざわざリスクを冒してまで途中入場するような授業ではないだろう。
大あくびをひとつして、俺は再び硬い床に寝そべった。
ひんやりとした感触が、強い陽光に心地いい。

「いいよ。ところでお前、誰?こんなところでなにしてんの?」
「見てわからないかな、本を読んでいるんだけど」

そんなこと見ればわかる。

―――――変なヤツだ。

長い前髪、絹みたいに透き通った肌。
桃の花を一片盗み、そのまま貼り付けたような唇。
顔の半分ほどもある大きな眼鏡を持て余し気味の“そいつ”は俺を、まるで珍獣でも見るような目つきで捉えている。

「君こそ、なにやってるの―――――……「「昼寝」」

声が重なる。
ますます変なヤツだ。
“そいつ”はそのことがあまりにもおかしかったのか、分厚い文字の山を取り落として大笑いしている。

「…オイ。笑うな」

眼鏡をひったくる。

「あっ、それがないと――」
「見えないんだろ」

すぐさまワイシャツの胸ポケットに収納して、立ち上がる。
そして“そいつ”に視線を移し…
て…

「あ?」

目覚めたときより、もっと驚いた。
これが漫画か何かなら、俺の顎はがっくりと落ちて目玉は眼窩を突き破って飛び出していただろう。
だって、なぜならそいつは―――――


「―――――女?」

みたいだったから。

視線を全身に這わせる。

あぁ。
“そいつ”は確かに男子用の制服を身に纏っている。間違っても白いブラウスに赤いリボンなどしていない。
そう。
下半身も濃淡チェックのスカートではなく、灰色のスラックスだ。
もちろん、
胸の刺繍は県立鈴蘭高校の生徒を示すもの。

じゃあなぜ、どうして、“男の格好”に“女の顔”が付いているのだろうか?
なるほど…つまり…

「―――――オカマ?」
「失礼だな、正真正銘男だよ。君と同じ、ね」

嘘だろ。
立ち上がった俺を見上げる瞳の位置はちょうど頭ふたつ分低い。
ちょうど俺の胸あたり。どこの小学生だ、こいつは。

「オイ、ここは高等学校だ。小学生はお呼びじゃ…」
「これで、わかってもらえる?」

体は小さくても、俺を射抜く視線は強かった。
横合いから突き刺さる光に、緑が透けるほど黒い瞳をした“そいつ”は、何を間違えたかその薄い胸へと俺の掌を導く。
しばし、呆ける。

「―――――硬い…な」
「何を想像してたの?大声でも出せばいい?セクハラ?」

数々の修羅場を通ってきた指先が伝える。
紛れもない、男だ。コイツ。

「てめぇが触らせたんだろうが。それに気味悪いからさっさと手首はなせ」
「男だって、分かってもらえた?」

あぁ、これだけ気の毒な胸囲をした女子高生など現代ではありえないだろう。
性が氾濫し、比例して攻撃的なボディをした女子が跋扈する時代だ。
今時創作物内でもなかなか見かけないぞ、こんな乳のデフレーションは。

「なんだか下品なことを考えてそうだけど…まぁいいか」

弾かれるように手をはずした俺。
“そいつ”はしばし俺を凍りつきそうなほど鋭いアイスブルーで射抜くと、真上からの日差しにオレンジ色を浮かべる。
その表情の移り変わりは見ているだけで飽きなかった。

「ところでオマエ、2年みたいだけど何組なの?初めて見るんだけど」
「………4組」
「4組?同じクラスじゃねーか!!」

驚く俺に若干呆れ気味の“そいつ”。
夕焼けを映したような色は、いつの間にか灰の花びらに変わっている。

「そうだよ、天野允君」
「げっ、俺の名前も知ってんの?」
「当たり前だろう。県立鈴蘭高等学校2学年4組出席番号2番…。僕は出席番号1番だからね」

うわぁ…。
同じクラスな上に、番号も一個前とは。
“そいつ”はむしろ『知ってて惚けてるんじゃないの?』みたいな視線を送ってくる。

「えぇと…オマエの名前は?」
「赤木ハルカ。出席番号1番だ」
「そ、そうか…よろしくな」
「もう5月だけど、いまさら自己紹介をするとは思わなかったよ―――――」


“ハルカ”が溜息に乗せて放った言葉の残滓は、風に流された。
柔らかな季節が人々を祝福する。

―――そんな季節に俺たちは出会った。




*   *   *   *   *   *   *   *   *



「おいハルカ、学食いこーぜ!!」
「ゴメン、允。今日はお弁当があるんだ。少し多く持ってきてしまったから一緒にどう?」
「マジか!?給料入るまでまだ日があるから助かるぜ」

硝子越しに見かける風景。
私は焦げ目が着いてしまうほど見つめているのに、その向こう側から、こちらは視界に入らない。
早めに授業が切り上がったようで、隣の教室からは昼の活気に沸き立つ生徒達の声が雑音のように漏れている。
そんな当たり前の青春群像。
その中に一際目立ち、私の心を発火させるビジョンがある。

一見すると少女みたいに映る“彼”ともう一人、高校生にしては目立つ体格と肩まで届く長髪に強めのパーマを当てたヘアスタイルが印象的な男子生徒。
長身の彼は天原允。私の幼馴染であり、この学校ではちょっとした有名人だ。
私は親しみを込めてマコちゃんと呼んでいるが、どうも数年前から彼はそのあだ名を嫌っているように思えて少し寂しい。
ずっと昔から傍にいて、ずっと呼び続けている、二人の“絆”を示すちょうどいい証になるのに。

「允、額がみっともないことになっているよ」
「ん?…」
「真っ赤になっている。昼寝していたことがバレバレだ」

白魚みたいな指が、額に導かれる。

―――…―――…。

意識が遠くなって、
思わず私は消しゴムを取り落とした。

…。

ふたりはまるで仲がいい兄弟のようにじゃれ付いている。
傍から見るとそれは、ありふれた高校生同士の交流にしか映らない。
でも、私は知っている。
“彼”が持つ、重大な秘密を―――。

“彼”のことは、よく知っていた。
赤木ハルカ。
人形みたいに整った顔立ちをして、華奢な体つきと稀に見る小駆から美形好きの女子と一部の男子に人気がある“おとこのこ”だから。


「あ―――」

ガラス越しに、マコちゃんと目が合う。
もう夏なのにどこかじめじめとした廊下側の席はあまり好きじゃなかったのに、こういう偶然が嬉しい。
私が小さく手を振ると、彼は微笑んでくれた。少しはにかんで、厚い唇から白い歯を覗かせて。
私も自然に笑みを浮かべているのがわかる。
誰よりも無防備になれる優しいまなざし。
中学の頃から周りには恐れられて浮き立ってしまったマコちゃんだけど、私だけはずっと変わらないで傍にいてあげられる。
彼に数え切れないほど救われ、彼を数え切れないほど救ってきた。
お互いの足りない部分。心の隙間を重なり合うように埋めてきた私たち。
だからきっと、ふたりの関係はずっとこのままだ。
私が遠い未来絵図に心を飛ばしていると、針のような視線が頬にあたりに突き刺さった。
隣の、赤木ハルカくんだった。
ころころと宝石みたいに表情を変える大きな瞳を、鋭利な――まるでナイフみたいに尖らせて、私のほうを見据えている。
ここでそれに圧されてしまっては、何故か負ける気がした。
暫くマコちゃんを置き去りにして瞳を交わす。
黒曜石のような無垢で、どこまでも深く落ちていくような色。
その奥に、“彼”は炎のようなゆらめきを宿してこちらを見ている。

「おい、ハルカ?どーした?早く弁当食わせてくれよ」
「あ…。すまない、允」

マコちゃんに頬を指で突かれ、赤木ハルカくんはようやく自分の状態に気づいたようだ。
こちらを突き刺すように睨み付け、炎のような強さで射抜いていたことなどまるで夢の出来事であったように頬を緩めると、マコちゃんと一緒に去っていく。
じっとりと梅雨の朝みたいにこびり付いた不快感と、マコちゃんが去ってしまう寂しさ。
合わせた奥歯が強く鳴った。
いけないことだと思う。
自分がそこにいられないからといって、簡単に感情を発露してしまうことは。
でも抑えられない。
時々こちらを振り返る“彼”の口元が、勝ち誇ったようだったから。

赤木ハルカ。
その名をはじめて聞いたのはいつのことだっただろう?
それほど昔ではない。つい最近ことだ。
2学年に進級するに当たりクラス編成が為された、ちょうどその頃だったと私は記憶している。
マコちゃんと別のクラスになったのは初めてことではなかった。
少し…いや、とても寂しかったけど、家は隣同士だし、その気になればいつでも顔を合わせられる…はずだった。
彼がどんなに荒れた生活をしていようと、私達は普遍の幼馴染。
誰よりもその仲は深く、ほかのどんな関係よりも濃密で深いものだったと胸を張って言えた。
しかし、2年になって彼が突然深夜のアルバイトを始め、疲れ果てて家に戻るマコちゃんに、労いの言葉をかけてあげることが出来なくなった。
今まで当たり前の習慣となっていたことが、忽然と消失する。
加えて、彼は早朝一番けたたましい排気音を残して去ってしまう。
背中を見送ることはできても、彼は決して振り返らない。
完全なる擦れ違いだった。
朝。家を出て顔を合わせ、放課後チャイムの音と共に向かい合う。
それが私たちの正しい距離感であったのに、今年に入ってから何故か溝だけが深まる。
少しずつ音を立てて噛み合わなくなる歯車。
その数が多い幼馴染であるからこそ、隙間に生じた孤独という時間が私には辛かった。

羽―――鳥に生えているそれはではなく、
天使の背中に生えているような白い、雄大な“翼”があれば、マコちゃんのことをずっと一番近い距離で見守れるのに。
すぐに飛び立って傍に寄り添えるのに。

「允。今日のお弁当は力作だ。心して挑んでほしい」
「お、おぅ…」

羽―――鳥に生えているそれではない。
悪魔の背に根ざすような黒く、禍々しい“翼”があれば、マコちゃんのことをずっと一番近いところで“敵”から守ってあげられる。
そんなの簡単に、■■できる―――

「体がおおきい割りに、君は小食だからね。栄養はきちんと取らないと、いずれ体調を壊すよ?」
「へいへい、心得ております、ハルカさま」

そう。すっぽりと私が抜けてしまったマコちゃんの隣。
そこに程なくして居座ったのが、“彼”だった。

今は、お弁当を作って彼を支えることも。傍に寄って不摂生を叱ることもできない。

私はその光景を、ただ机の下で握った拳を解きながら見ていることしかできないのだ。

―――唇を、かみ締めて。





*   *   *   *   *   *   *   *   *

なぜか嬉しそうに箸を進めるハルカの横顔を眺め、頭にひとりの顔を思い浮かべる。
さっき廊下の硝子越しに目が合った、他でもない俺の一番大切なひとの顔だ。
腰まで届く長い黒髪、氷を伐り出して作ったような横顔。
どこか冷たい印象を与える長身の少女、つまり俺の幼馴染である北条美月のことである。
最近私生活が忙しくなるにつれてあまり彼女と顔を合わせなくなったが、向けられる昔と変わらない微笑が嬉しかった。
そう。記憶の中で彼女はいつも微笑んでいる。
俺が辛いとき、苦しいとき、泣きそうなとき…
喧嘩に負けて傷だらけになった格好悪い姿を見ても、彼女は俺を“笑う”ことはせず、ただ暖かい“微笑み”をくれた。

『大丈夫だよ、マコちゃん。私がいるから―――』
と。

白状すると、俺はそんな美月が大好きだ。
どちらかといえば、学力はそれほど高くない県立高校なので、女子の服装は派手…というか異性の目を気にした扇情的なものが多い。
だがその中であくまで淑やかに、それでいて氷のような美貌を持った彼女は―――名前が謡うように、漆空に浮かぶ月のよう。
すっきりと通った高い鼻。黛色の瞳に留まるのは、蝶のような睫。満開の桜を髣髴とさせる唇は、適度な膨らみを以って世界を魅せる。
そんな彼女だ。
異性には大層モテる。それはもう、隣にいて気分が悪くなるくらいに。

「……允」

早い成長の兆しを見せた肉体はすでに中学のころに完成されていて、すらりと伸びた彼女の長身を、より蠱惑的に演出する。
そういえば、彼女に悪質なストーカーがついたこともあった。
即、探し当てて二万発くらいマウントで殴ってやったが。

脳内美月がこちらに手を振る。
その空間だけ春に戻ったように華やぐ。

「…允」

蕾開くような柔らかい声色、落ち着いた物腰。
美月が百合のように白い歯を覗かせて、微笑む。

彼女の在り方はとても綺麗だ。
こんな俺が隣にいて彼女の幼馴染を語るのも気が引けるくらいに、美月の看板を汚していることは重々理解していた。
絵に描いたような美少女の隣に構えている大男。
目つきは悪く、素行は不良。
成績だって劣等だ。
年々教師によるマークはきつくなり、あがく度に生き辛くなる。
だがそんな俺さえも、彼女は絶対に拒絶して見捨てるようなことはしなかった。
他のヤツに向けるようなとても優しい笑顔と言葉で、いつも慰めてくれる。傍にいてくれる。
彼女が俺に向ける気持ちは、それが当たり前であるように平等であることは知っていた。
美月に嘘偽りない気持ちを向けることができる連中が羨ましく感じるときもあった。
いっそこの気持ちを、思い切って彼女に告げようと試みたときもあった。
でもそのたび見つめる彼女の笑顔がまぶしすぎて―――。
どうしようもなく相応しくないと、思ってしまうのだ。

結局自分も、彼女にとっては放っておけない人種の一人なのだろう。
それでも、俺は常に彼女にとっていちばんでありたいし、隣にいたい。
だからこそ窮乏する暮らしの中でも光を見つけられるし、それに向かって歩いて来られた。
結果、美月を自分の程度まで引き落とすような現状になってしまっているのだが……。

言うに俺は、人目を憚らずに彼女を独占できる存在になりたかったのだろう。

自分など、彼女の瞳に宿る一筋の光にいつまでも淡い期待を抱いていればよかったのに。
このあたりでピリオドを打つ必要があるのかもしれない。
でも、離れられない。
美月から切り離されてしまった自分が、いったいどこまで堕ちていくのか。
自分でも想像か付かず、どこか日没に取り残されたような不安が胸に影を落とすから。


「允!!!」
「うぉっ?」
「さっきから呼んでいるんだけど、聞いていないのかな?」

気づけば、横でハルカが怒り狂っていた。
そういうのは滅多に表情に表したりしない奴だが、今日は珍しく青筋を立てて静謐な怒りを漂わせている。
もともとキレイな顔立ちのやつだから、怒ると途轍もない迫力があるのだ。
思わず気圧されて、謙虚に応えてしまう。

「すまん。何?」
「僕の話、聞いてた?」
「いや…ゴメン」
「お弁当。味、どう?」

どうやら妄想に集中しすぎてハルカを無視し続けていたらしい。
群れるだけで弱っちい暴走族は大嫌いなのに、気づけば自分も妄想族と化していた。
直接脳髄に響く高い声が、いまだに首筋の辺りを引き攣らせている。
翻って、その弁当だが…

「これを弁当って呼ぶのかね?」
「………」

目前に広がるのは立派な重箱と、金の刺繍が施された風呂敷包み。
漆に幾重にも描かれた紋様と、日本文化の極を匂わせる立派な動物たちは、とても目に鮮やかなのだが…

「これ、何?」
「卵焼き」

黄色い部分より、焦げ付いた飴色の面積が多いその塊を果たして世間は卵焼きと呼ぶのだろうか?

「じゃあこれ」
「牛そぼろとほうれん草のお浸し」

うーん。気のせいか“切る”という動作の省かれたこの作品は、食べ物というより前衛芸術に近い香りがするが、黙って頷く。

「そ、そうか」
「それでこれが…で、こっちが……」

ひとしきり重箱の中身を説明し終えたハルカは、無言で瞳に鉛色を落として差し出した。
食え、と瞳孔が告げている。
有無を言わせぬではなく、ハナから俺に選択肢はなかった。
どうやら覚悟を決めなくてはならないらしい。

「ちゃんと食べてね。残すのはもったいないから」
「はい、ハルカさま」

有無を言わせぬプレッシャーをその瞳から受信した俺は、深く手を合わせて“それ”に挑みかかった。
頭の隅に、いつか美月が作ってくれた色とりどりの花園を描いて。











目の前で伸びている塊。
元は允であったものだ。
僕が用意したお弁当を烈火のごとく平らげたあと、無言で彼はダウンした。
何か言ってくれれば僕だって「はいお粗末さまでした」とか返してあげられるのに、すぐさまひっくり返られてはただ“それ”を眺めることしかできない。
もしかしてお弁当が気に入らなかったのだろうか。
でも夢中で全部食べてくれたし、不味そうな顔は少しも見せなかった。
やっぱり、僕のお弁当に満足してくれたのだろう。
そう考えていると自然と笑みが浮かんだ。
彼の前だけで浮かべられる嘘偽りない感情の発露。
心地よくて、ずっとふわふわと漂っていたかったけど…気がかりなことがひとつ―――あった。

授業が終わって、廊下越しに“彼女”と挨拶を交わしてから允はどこか上の空だった。
僕が差し出したお弁当を見つめながらだらしなく微笑んだり、時々とても怖い顔をする。
彼が何を、足りない頭に描いているか…容易に想像がついてしまう。
きっと、“彼女”のことだ。
薄い顔に何度も入念にメイクを施した女生徒が多い中で、彼女は自分というキャンバスを一番理解しているように思える。
絵の具で面に歪なアートを作り上げるようなひとたちとは異なり、“彼女” ―――北条美月さんはありのまま佇んでいる。

―――月みたい。

初めてその横顔を眺めたとき、自然と口に出た言葉だ。
北条さんのご両親が名前に乗せた願いを体現するように朧な色気と、ダイレクトに刻み込まれるような美貌は正直高校生離れしている。
と言ってその美しさを鼻にかけるわけでもなく、誰にでも平等に接し、百合のような眼差しをむける彼女は自らも恒星のように輝いているのだ。
静かな名月。
どこか青白い輝きの奥に、包み込む真昼の太陽のような微笑を浮かべる女性。
だがその姿さえ彼女の全容ではないと、僕はすぐさま思い知らされることとなる。

允―――。
彼を見つめるその姿。
言葉を、呼吸を奪われ、
僕は彼女の代わりとなる表現を見つけることができなかった。

それは僕のボキャブラリーが貧弱であるからではないだろう。
きっとどんなに素晴らしい詩人も、どんなに偉大な音楽家さえも彼女をこの世の“枠”に当てはめられない。それほどまでに遠い存在。
旧い人々が届かないと知りながらも手を伸ばしたように、僕はいつまでも表現を模索する。

そして、やっと見つけた。
否、感じたといったほうが正しいか。
人間の域を大きく脱し、自然界のすべてに刻み付けるような彼女を、ただ思ったままそこにある“風景越し”に言い表すとすると…

“春が訪れた”

のである。
目に見えるくらい密度を増していく空気。
もとの風景が無色であったように満たされていく色彩。
枯れ木さえも息吹く暖気と、憎しみさえ溶かしてしまうほどの優しさ。

僕はただ眩暈がした。
彼女を見つめるだけで、自分がどんなに矮小な存在であるか思い知らされるようで、胸の底に生き残っていた自尊心が軋みをあげる。
まるで“相応しくない”と、世界そのものに否定されているようでずしりと体に錘が乗ったようだ。

誰もが優しくなれるような完成された一枚の絵。
僕はその隅っこに描かれた小さな蟋蟀なのだろう。


彼女に返す、允の笑顔。
その自然な表情に僕は焦がれて止まないのに、見たくないものまで僕の瞳は写してしまう。
平等な北条さんの眼差しの奥に住んでいるもの。
ギラギラとした允の黒瞳に宿る小さな希望の光。
あまりにも似すぎていて、この両目を潰して耳を塞ぎたい衝動に駆られるのだ。


「あ…?」
「ようやく目が覚めた?」
「お、おぅ…」
「すごい勢いで食べていたね。そんなにおいしかった?」
「う、うん…」
「そう…」

「それよりお前、大丈夫?」
「え?」
「目が腫れてる。あんまり無理すんなよ」


允は“こんな僕”にさえ、いつだって優しいんだ。

きっとあの子にも同じようにするのだろう。

うれしいけど、やっぱりくるしい。





*   *   *   *   *   *   *   *   *


赤木ハルカ。
その名を舌に乗せるたび、私の心は酷く荒れ狂う。
自分でも押さえが利かないほど喉が熱くなり、眉が鉛のように重くなる。
鏡に映った私は、どんなにこわい顔をしているのだろう。
とてもマコちゃんには見せられない。
しかし。遠くなっていく肉体の感覚とは反対に、思考はとても冷たく鋭利に冴えていく。
血潮の飛沫に浸して、凶刃を鍛え上げているみたいに。

なぜ、あんな子がマコちゃんの傍にいるのだろう。
なぜ、あんな子をマコちゃんは構うの?

自分でも蓋をしたくなるほど醜い腐臭を放つ感情だった。
こんなものは嫉妬でしかない。
そう理解して見つめているはずなのに…―――。



校舎の裏に停めた黒いバイク。
使われなくなった体育用具入れの奥に、ひっそりとそれは佇んでいる。

そこに向かって歩くふたりを、邪魔するものはいない。
無理に合わせる奇怪な歩調。
見上げるように寄り添う肩。
調和しているようでどこかおかしい風景を俯瞰する、私ただひとりを除いて。


エンブレムの横に付いた傷やリア周りの汚れを見る限り、大分古い年式の車両なのだろう。
でも高校生が購入するには高い買い物だったと思う。
幼いころにお母様が蒸発してしまった天原家は、父子家庭としてマコちゃんを育て上げた。
お母様が姿を消したのは何歳の頃だったのか、それはマコちゃんや彼のお父様も覚えていないほど昔のことであるという。
それを小さな彼の口から聞いたとき、私は思わず泣いてしまった。
外資系の企業で営業職についていた彼のお父様は、年の半分以上は家を留守にし、残されて保育施設に預けられたマコちゃんは常に孤独だった。
母の温もりも知らず、力強い父の指先にも触れたことがない。
奥様を早くに失ったお父様は、悲しみを紛らわせるためか、お酒に溺れる日々。
泥酔してマコちゃんに暴力を振るうこともあったという。
しかし、そんなお父様も早くしてこの世を去ってしまった。
飲酒運転の末、減速しきれずガードレールに激突。
頸の骨を折って即死だったという。
『頭が折れ曲がり、顔が潰れたなんとも間抜けな死に顔だった』
と。いつか彼は言った。
遠い場所を見つめるマコちゃんの瞳は、捨て猫みたいに震えていた。
知らない温もりを、攻撃することでしか紛らわすことができないような…
そんな、悲しい目をしていた。

程なくして、ただ独り残された彼は親戚の住む私の隣家に越してくることとなる。

はじめは、とても怖かったのを覚えている。
矢張りそこでも厚遇を受けることができなかった彼は、それはもうナイフのように尖っていた。
進んで周囲に馴染もうともせず、ひたすら公園の滑り台―――その天辺から砂場を見下ろしている。
視線の強さ、硬く閉ざされた唇。
何を幼い胸に抱えて世界を射抜いたのか、何を思い拳を握るのか―――。
両親からひとり娘として甘やかされた私に、理解する術はなかった。

言い方は悪いが、だからこそ興味が湧いたのかもしれない。
切欠は古すぎて覚えていないけれども。

太陽が完全に隠れたある日、彼がその場所から降りるタイミングを見計らって、私は声をかけた。

『ねぇ、どうしていつもひとりなの?さみしく、ないの?』
と。

思えば、突拍子もない質問だった。
おうちどこなの?とか、いっしょにかえろうよ、とかならわかる。
だが私が放った言葉はあまりにも残酷で的を射た、とてもこどもらしくないものだったと覚えている。
だからこそ、彼も応えてくれたのかもしれない。
鋭い瞳を、まん丸にして驚きながらも。

『じゃあきみたちは、どうしてむれるんだ?ぼくにはわからない。どうしてひとりじゃいけないの?』
『みんないっしょのほうがおもしろいでしょ?ひとりじゃなにもできないじゃない。おままごとも、おにごっこも』
『そうかな…ぼくにはわからないや。いつも、ひとりだったからさ…』
『いつもひとり?おうちにかえったら、おとうさんや、おかあさんがいるでしょ?』
『おかあさんははじめからいなかった。おとうさんもすぐにしんじゃった。だからひとりなんだ。
 それに、ぼくには“おうち”、ないんだ。かえるばしょならあるけれど』

彼は感情をおくびに出すこともなく、ただ淡々と述べた。
それは、忘れもしない小学校一年生の初夏。

大地を真っ赤に染める太陽を背負った肩は、小さいけどとても力強かった。
見た目はただのこどもなのに、存在は大きく伸びる影に怪獣でも宿しているように大きかった。
怖かった。
でもその怪獣は、怖いけどとても寂しそうだった。
自分という存在の色も知らず、縋ろうともしないでただ胸を張っていたのだから。

震えた。私は震えることしかできなかった。
彼の視線に射抜かれ、自分の小さな世界を見破られたようで、直感的な恐怖を感じた。
この子は、他とは―――私とは違うんだ。
きっと違う場所から生まれた子なんだ…と。
気づけば踵を返して影に怯えるように私は走り去っていた。


それからも、図らずに彼とすれ違うことは多かった。
マコちゃんはいつも滑り台の上を占領していたのだから、公園に来て出会うのは当然のことであるのに。
私は恐怖と、それでも殺せない好奇に駆られ、完全に彼を忘れようとはしなかった。

一週間、二週間が過ぎた。
他の子と遊んでいるとき、彼に寄せる視線が多くなった。
あの子は、いつまでそこでああしているのだろうと。

一ヶ月、二ヶ月が過ぎた。
彼は服装を変えながらも、同じように膝を抱えていた。

蛙鳴蝉噪の夏が過ぎ、涼風訪れる秋が訪れた。
マコちゃんが現れてから滑り台を使えなくなった私たちの誰かが、とうとうマコちゃんに喧嘩を吹っかけた。
いつもこちらを見下ろしている鋭い目つきの子。
保護者の間でも有名になりつつあった彼。
仲間の中でも一際体が大きく力に自身がある子が、彼を無理矢理どかそうとした。

結果は…
始めは動じなかったマコちゃんだったが、とうとう取っ組み合いとなり、彼は敗れた。
技術も経験もない、幼い子供たちの喧嘩。
膂力で勝り、体格でも圧倒的に優位な方が勝利を収めるのは至極当然のことであったのだろう。
服を泥だらけにし、ボロボロにされながら、それでも彼は泣かなかった。
唇をかみ締め歯を食い縛り、眉間に皺を寄せながらも、彼は必死に耐えていた。

『もう、なかないって、おかあさんとやくそくしたから』

皆が去り、独り取り残された彼は誰に言うでもなく叫んだ。

『ぜったい、なにがあっても、なかない。なくもんか。いたくても、くるしくても、さみしくても、ぜったいになくもんか!!』

決意、だったのだろう。
小さな体には重すぎて、押しつぶされそうな決意。
吐くたびに錘は小さな肩へのしかかるのに、彼は必死に耐える。
精一杯傷みを抱えながら、耐えていた。
細い肩を震わせ、小さな拳を握り絞め、
マコちゃんは、
お母様との約束を破らないように―――心で、泣いていた。

気づけば走り寄り、彼を抱きしめた。
いつかお母さんがそうしてくれたように、できるだけ優しく柔らかに。
忘れない。その感触、におい、声。
全部私が抱きしめよう。
その身も、魂も。
私だってちっぽけで頼りない。
でも、分かち合おうよ。
小さな気持ち、答え。
全部共有してひとつになれば―――

比翼の存在となってしまえば、すべて手に入るから。


俯瞰した風景の先―――抜けるような排気音を放って、黒いバイクが鼓動する。


私が支えよう。
彼は私が支えよう。
マコちゃんの前からすぐにいなくなってしまう人たちではなく、彼を指差して笑う人たちでもなく、この…この私が―――


人気の落ちた校舎に鳴る―――周りの空気を巻き込んで、俺はここにいる!!叫んでいる!!と主張するようにエンジンが唸る。


表面は強く、恐ろしく繕う。
誰も自分に寄り付かないように。
いつか離れてしまうから、その悲しみに溺れない様に。


窓ガラスに縋り付くようにして私は唇をかみ締める―――がちゃん、とギアが落ちる。彼が振り返る。


寂しいよ。独りは。
やっぱり寂しすぎる。
だから私がそこにいてあげるよ。
絶対に離れないよ。
いつでも、何があっても、絶対にマコちゃんを嫌いになんかならないよ。
裏切らない、振り返らない、繋いだ手を―――離さない。

知らず視界が潤む―――フルフェイスのシェイド越しに彼が頷く。

胸に花が咲く、春が訪れる。
私を見てくれたようで嬉しい。
でも本当は違うって解ってる。
後ろで頷く小さな影が、彼の腰に手を回したから。

その席、その場所は昨日まで私がいた場所だ。
孤独を隠して気丈に振舞う彼の隣は、私の…
ずっと近くで、彼を見ていられる、私の場所だ…!!

『―――』

二人が交わす言葉はここまで届かない。
羽のように軽い空気に乗って、どこか彼方へと流れ去ってしまう。
きっとあの子は知らない。
昨日まで私がそこにいたことに。
きっとあの子はしらない。
我が物顔で跨るそのタンデムは、私に与えられるべきだということに。

黒い流体が去る。

それを見送る私。

あの日の夕焼けに混ざった鉄の味が、する。



*   *   *   *   *   *   *   *   *


乾いた排気音。
耳を劈くようなエンジン音。
それだけが世界を支配する。
暮れていく町並みを追い越すように。ゆっくりと、だが確実に訪れる夜の気配を切り裂いて、風景が流れていく。

「速いね、これ」

彼の背中に語りかけても、返事はない。
風の悲鳴と、怒り狂うようにたなびく長い後ろ髪が、代わりに応えるだけ。
逞しい背中だった。
この年齢にしては完成された屈強な体つきと、後方確認のために時折振り返る精悍な横顔。
日焼けしてくすんだ肌を押し上げる、袖から覗く太い血管。
そのどれもが、彼という存在を物語るように、強い。
だが、同時にその強さの裏側に潜む弱さも浮かぶ。
時折見せる優しい瞳。
鏃のように鋭利な瞳。
その両方が危うい崖っぷちでダンスを舞うように、彼の心はざわめいている。

素直になりたい。
素直になれたら、と思う。
自分を覆い隠す殻も、傷だらけの心も全部さらけ出して、ありのままを受け止めてもらいたい。
何度も彼の瞳を見ては、秘めた気持ちを告げようとした。
でも…
彼のまっすぐな視線に射抜かれるたび出かけた気持ちは、霞のように消えてしまう。
眩しい。
あまりにも彼の存在は眩しすぎる。
お互い、“独り”と言い張る関係だが、彼にはあの娘がいる。
親の愛に恵まれなかった代わりに、どうしようもなく深い絆がある。

すごく、すごく羨ましかった。
偶然家が隣同士で、偶然年齢が一緒で、偶然同じ学校に通っていた。
それだけ。ただそれだけで彼の隣にいて、眩しすぎる光に包まれた幸福の絵に映る彼女のことが―――。

「好きだよ」

聞えないから、言ってみる。

「愛してる」

“気づかないから”、囁く。

「好きだよ、誰よりも。愛してる、あのコよりも。だから、こっち向いて…」

「はぁ?―――とりあえずスピード落とすからちゃんとつかまっとけ」

少し体重を前に寄せてみる。
ブレーキのせいにして、彼の匂いをいっぱいに吸い込む。
轍のせいにして、分厚い胸に手を回してみる。

「―――なら……だよ」


最後の呟きは減速ギアの音にかき消された。
それでもいい、今だけ、今だけはこの場所を独り占めしていたかった。


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  1. 2008/01/03(木) 19:42:05|
  2. 没ss
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
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Pet☆Hot☆High-School!・・・完結
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Pet☆Hot☆High-School!と向日葵についてはまとめサイトの偉大なる管理者でおられる阿修羅様にいただいたタイトルです。

尚、『スウィッチブレイド・ナイフ』『向日葵』につきましては、有難い他者様のプロットを使って書き上げた作品です。
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